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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)54号 決定 1982年11月30日

抗告人 川崎広

事件本人 川崎泰

主文

原審判を取り消す。

本件は、抗告人が昭和五六年一一月二日にした申立の取下により終了した。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消す。本件は抗告人が昭和五六年一〇月三〇日にした申立の取下により終了した。」との裁判を求めるというにあり、抗告の理由は、別紙記載のとおりである。

二  一件記録に徴すると、本件は、事件本人の兄である抗告人の申立により立件されたものであるが、原審における鑑定人○○○○が、事件本人の心神の状況は若年性進行麻痺罹患により惹起された痴呆状態にあて回復の見込はなく心神喪失の常況にある旨鑑定したところ、抗告人を含む事件本人の家族の関係者が話し合い、事件本人に対する養育態勢を確立するとともに、事件本人につき禁治産宣告がなされることは事件本人及びその家族の名誉等のためにも適切でないとの結論に達したことから、抗告人において昭和五六年一〇月三〇日付の禁治産宣告の申立取下書を原裁判所に提出し、同書面は同年一一月二日に受理されたこと、しかるに、原裁判所は、右申立の取下の効力を認めず、昭和五七年一月二七日、事件本人に対する禁治産宣告及び抗告人を事件本人の後見人に選任する旨の決定をしたものであることが認められる。

三  そこで、本件申立につき抗告人が昭和五六年一〇月三〇日付(同年一一月二日受付)でした取下の効力について判断するに、民法第七条に定める禁治産宣告の制度は、心神喪失の常況にある者の財産的法律行為につき家庭裁判所の選任する後見人に法定代理権を付与し、もつて心神喪失の常況にある者の財産を保護し、その喪失を防ぐことを目的とするものであつて、心神喪失の常況にある者本人の保護を第一義とする制度であり、右宣告の公示を通じて社会の一般人に警告を発することにより取引の安全に資する効用をもたらすこととなるとはいえ、これを直接の目的とするものではないと解すべきである。このことは、禁治産宣告は、民法第七条に定める者(すなわち、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、保佐人又は検察官)の申立があつてはじめてすることができ、家庭裁判所が職権ですることができるものとされていないことからも窺えるところである。

右に述べた禁治産宣告の制度の趣旨にかんがみると、事件本人の保護のため、いつたんは禁治産宣告の申立をしたが、その後心神喪失の常況が回復したり、あるいは右常況が回復されなくても、事件本人やその家族等の個人的な事情から、申立人が右申立の撤回を求める場合に、なお公益的必要があるとしてこれを許さないのは相当でなく、家事審判法及び同法第七条において準用される非訟事件手続法に、禁治産宣告の申立の取下について何ら規定が存しない以上、禁治産宣告の審判の確定前であれば特段の要件を必要とせずに、申立人において右申立を有効に取り下げることができるものと解すべきである。

なお、右申立の取下を認めることにより事件本人の保護に欠けることとなる場合には、検察官が改めて禁治産宣告の申立をすれば足りるのであつて、公益の代表者である検察官に右の申立権が認められていることから、禁治産宣告の制度を公益の保護を主目的とするものであると解すべきいわれはない。けだし、検察官に右申立権を認めた趣旨は、近親者が心神喪失の常況にある者の保護に当たらないとか又は近親者が不存在である等まさに心神喪失の常況にある者本人を保護するため他に適当な申立人が存しない場合に備え、補充的に検察官によりその申立がなされるべきことを予定したものであると解されるからである。

以上の次第で、抗告人による昭和五六年一〇月三〇日付禁治産宣告の申立取下書が原裁判所で受理された同年一一月二日に、右申立は取り下げられ、本件は、右取下により終了したものであり、右取下が無効であるとして事件本人に対する禁治産宣告及び抗告人を事件本人の後見人に選任した原審判は失当であり、抗告人の抗告は理由がある。

三  よつて、原審判を取り消し、本件は、抗告人の右申立の取下により終了したものであることを宣言することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官 吉井直昭 浦野雄幸)

抗告の理由

一 抗告人は昭和五六年四月二八日に原裁判所に対し本件申立をなした。

二 ところが、その後申立人や関係家族の者が話し合い、事件本人に対する養育体制は確立され、また事件本人及び家族の名誉及び将来の幸福のためにも禁治産宣告の申立は不適切であるとの結論に達し、昭和五六年一〇月三〇日付で同申立の取下を原裁判所になした。ところが、原審は、前記取下を認めず、昭和五七年一月二七日付をもつて原審判表示の通りの審判を下した。

三 しかしながら、取下を認めない原審は次の理由により違法である。

一説によれば、禁治産ないし準禁治産宣告事件は申立人の利益のみを考慮するものではなく、公益にも関するため、任意に申立人の都合によつてその申立を取下げることはできないとする。

しかし、そこでいう公益とは何をいうのか意味が不明である。第三者からの意思表示を受け得るように措置しておくという意味で公益性を言つていると思われるが、現実の生活では近親者が禁治産者にあたる者の意思を推測して処理されておりそれで足りているわけである。

しかし、近親者がいない場合には、正に第三者に対する関係で私的自治を補完するものとして公共性があると言えるわけであるが、その場合にこそ検察官に申立権が認められている。従つて、検察官の申立権の存在こそが、禁治産宣告の公益性を担保しているのであり、申立人の取下が検察官の申立権に何ら影響を及ぼさない以上、申立人の任意の取下げは認められるべきである。

実務では実際にその取下げが一般的に認められている。

東京高裁管内家事審判官会同結果(昭和二七・六家事執務資料上巻四頁)や書研教材一一三号家事審判法実務講議案一一四頁、判例タイムズ二五〇号一三〇頁(村崎満)らは取下げを認めている。

よつて原審判は取消され、昭和五六年一〇月三〇日付取下は認められるべきである。

よつて本抗告の申立に及んだ次第である。

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